7月7日(土)17:00 講師:新津竜一(サイガ)氏

城跡・古戦場ウォーカー・サイガさんの、夏の特別講座・第1弾。今回は日本を飛び出して、「地中海の臍(へそ)」と呼ばれる「マルタ島」をテーマにした講座をお送りします。

マルタ共和国は、イタリアのシチリア島の南でアフリカのチュニジアに最短で300kmの小さな島国。大西洋から地中海に入るためのスペインのジブラルタル海峡から、黒海へ通じるイスタンブールのボスポラス海峡、現代ではアフリカのスエズ運河へ通じている地中海航路(シーレーン)を抑える要衝です。

約6000年~4500年に巨石神殿を造る文明が発達し、紀元前1000年にレバノンから渡ったフェニキア人が支配。その後、ローマ帝国の支配となり地中海貿易で繁栄、1479年にスペインの支配下になると戦乱の時代を向かえました。

そんな中、1522年~30年にかけてのオスマン帝国軍の攻撃によりギリシャのロドス島を追われた宗教戦闘集団「聖ヨハネ騎士団」に、スペイン国王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)はマルタ島を領土して与えます。これが「マルタ騎士団」の誕生です。

この時のカルロス1世の意図とは、歴戦の騎士団をマルタ島に配置することでオスマン帝国軍への「防波堤」とすること。その目論見通り、騎士団はオスマン軍を撃退し続けますが、1565年、オスマン帝国軍、約3万(諸説あり4万、5万とも)の大軍団がマルタ島を包囲します。

マルタ騎士団がどのように各要塞で籠城したか?
オスマン帝国軍がどのように攻めたか?

現在のマルタ首都バレッタは、石造りの家々や教会が立ち並ぶ美しい町で、世界遺産にも登録されています。その街中の各所に今も残る1565年の戦いに使われた城壁や砦などの現地写真を見ながら、「マルタ大攻囲戦」の全貌を解説いたします。

トップ画像:マルタ首都・ヴァレッタの景観
1565年の戦い以後もマルタ騎士団は街を城塞化していく。
湾は帝国軍が船を停めた「マルサイム・シェット・ハーバー」

画像提供:新津竜一(サイガ)氏

タルシーン神殿 1913年に農夫により偶然発見。 巨石神殿の中で一番規模が大きい。 現在、白い巨大テントに覆われており保存状態が良い

聖エルモ砦 「大包囲戦」の時は星形の砦だったが後に増築される。 写真は増築された箇所。ブラッド・ピット主演の映画のロケに使われた

戦いの主戦場となった港「グランド・ハーバー」 聖アンジェロ砦(左)と聖ミカエル砦。オスマン帝国軍は水軍と大砲で二つの砦を攻める


 

7月7日(土)17:00~ 2時間程度

散歩かふぇ ちゃらぽこ 小上がりにて

参加費 : 1500円(ワンドリンク付き。追加のご注文も別途承ります)

ご予約は必要ありません。開始時刻に、直接「散歩かふぇ ちゃらぽこ」までおいでください。

第2弾(8月7日火曜日)はこちら!

 

講師 新津竜一(サイガ)氏

幼少に土方歳三にあこがれ青年期は織田信長の歴史書・小説を乱読した結果、大人になって古戦場を歩きはじめる。
現在は「地形」や「街道」のありようから古戦場を歩く「古戦場ウォーカー」または「地形メグリスト」。 城郭の「縄張図」を描く外郭大好き人間。

小学館「歴史の道」に城郭写真提供、学研ムック本や雑誌「歴史発見」等でお城に関する記事を執筆する他、ハンドルネーム「サイガ」でネットに独自の「戦争論」「城郭論」を発信中。

ホームページ「サイガの古戦場踏査記録」

「ちゃらぽこ業務日誌」への投稿

 

これまでの講座

<2015年>

「城跡講座 お城と古戦場の見方、歩き方」6回シリーズ
「太田道灌講座」

 <2016年>

「地形から見る歴史と古戦場『幕末維新戦争』何が戦闘の勝敗を決めたのか」12回シリーズ

<2017年>

「地形から見る歴史と古戦場『街道と築城』合戦の背景にあるもの」11回シリーズ

<2018年>

地形から見る歴史と古戦場「幕末維新戦争・近代日本への煽動」 11回シリーズ

この講座に関する投稿