2月11日火曜日の祝日は、ちゃらぽこ街道さんぽの東海道編・第2回。真冬と思って厚着してきたら、暑いくらいのぽかぽかお散歩日和。37名の大所帯で、品川宿から川崎宿を歩いてきました。

スタートは品川宿、青物横丁。前回12月21日のゴール地点です。

板橋(中山道)、千住(日光道中)、内藤新宿(甲州道中)と並ぶ江戸四宿のひとつ、品川宿は、現在の京急線・北品川駅あたりからこの青物横丁駅あたりまで続く長い宿場でした。

江戸の玄関口として、参勤交代で江戸に上ってくる大名をはじめとする旅の人々が、江戸に入る前にここで旅のホコリを払ったとか。また江戸の人々にとっては一大遊興地でもありました。が、近代になってちょっと離れた場所に鉄道の駅ができると人の流れはそちらに移り、商店街は残っているものの、往時の賑わいはありません。

けれど旧東海道を拡張する形で敷かれている国道15号も、この部分は旧道を逸れて作られたため、昔ながらの道幅と街並みが残されることになり、東海道、特に都内では貴重な旧道区間となっています。
街道歩きも車どおりの多い国道ばっかりじゃ辛い! こういう道が現れるのが面白いんですよね!

それでは、その東海道の品川宿の南の端っこから本日の街道さんぽをスタートします。

青物横丁の駅から東海道に出ると、すぐに品川寺(ほんせんじと読みます!)があります。この入り口にいらっしゃるのが、江戸六地蔵のひとつ品川のお地蔵様。

江戸六地蔵は1700年代初めに江戸の出入り口六か所に一体ずつ置かれたお地蔵様。
ここ品川のほかに、新宿(甲州街道)、巣鴨(中山道)、浅草(日光街道)、深川(水戸街道と千葉街道の2体がありましたが、うち1体は現存せず)があります。

ここで東海道の旅に出る人々を見守ってくれているこのお地蔵様にお参りすると、いよいよ江戸脱出の気分に。

ちなみに品川のお地蔵さまは高さ2.75m。僅差ではありますが、六地蔵のうち現存する5体の中では一番大きいそうですよ!

えー、前日の「ちゃらぽこの散歩会は放牧状態」という話題によって、謎のハッシュタグが生まれたようです。みんなで一斉に歩いて、説明を聞いて、また歩いて……ではなく、大人数で一緒に歩きながらも参加者さんが興味の赴くまま脱線しつつぷらぷらする散歩会は、まるで放牧?

お地蔵様だけでなく庚申塔やら洋行帰りの梵鐘やらいろいろと見るものがあって、お参りの後はみんなでうろうろ。
そして千躰荒神の海雲寺に寄ったり、白玉稲荷まで行く人がいたり宿場町らしい歴史のありそうな建物に引っかかったりと、まさに放牧状態になりながら、一行はちょっとだけ東海道を逸れて浜川砲台のモニュメントへと寄り道。

この公園で、まるにのさんから江戸時代の東海道は海岸線を通っていましたーという古地図と現代地図を見ながらの解説あり。

砲台よりもラクダの人も。

旧道を南下します。立会川、鮫洲を過ぎると次第に店もまばらになって商店街が途切れ、左手にしながわ水族館が近づいてきたあたりで旧東海道は国道15号に再合流します。約4kmにも及んだ旧道区間はいったん終了。

いやー、国道の大通りばっかりじゃツマラナイけど、旧道も同じような道がずっと続くとちょっと飽きがきますよねー、などと言っていたら、贅沢な悩みと突っ込まれました。
(大通りと出たり入ったりするほうが楽しくないですかー? 単調な国道歩きがあるから旧道のありがたみがある、みたいな)

さてさて、旧道がR15にぶつかるところに、鈴ヶ森刑場跡があります。江戸時代は、処刑は見せしめであり、庶民にとっては娯楽のひとつ。刑場や晒し場は人通りの多い街道沿いにありました。

ここで神奈川の東海道ガイドさくっちさん (落研出身) が、お七火事の物語を講談調で語ってくれました~。

そして同じ敷地内にある馬頭観音に食いつく人々も。(ここの馬頭観音、本当に馬が彫ってあってかわいいですよね)

回文を作っている人も。

国道に出て、お昼は大森海岸と平和島の間くらい、磐井神社の近くにある中華料理屋さんでした。大人数なので、取り分け式でいただきました!
ちゃらぽこの散歩会で取り分け形式って初めてでは?という声が多かったのですが、答えは2回目でーす♪ 前回も東海道の時でしたねぇ、たしか茅ヶ崎あたり。

磐井神社に寄り道して、東海道歩き午後の部スタート。すぐにまた、左の旧道に入ります。

旧道は、美浜通りという商店街になっています。ここらは海苔の産地で、東京湾での養殖は昭和期になってやめてしまったものの、商店街には今でも海苔屋さんがたくさんあります。が!全部!祝日休み!(やってたらお土産タイムにちょうど良かったんですけどね。海苔、軽いし)

平和島の駅あたりを過ぎると、東海道は環七通りと交差。懐かしの「高円寺」の文字がこんなところに!
(余談ですが、東高円寺のちゃらぽこさんとしては環七は「縦」に走っているモノでして、東海道を南に進んでいるのに環七を横切るというのは軽いカルチャーショックを受けます)

美浜通を南下して内川を渡ると、するがや通りの案内が。

ちゃらぽこ散歩会、東京23区めぐりの大田区編では、ここから羽田道を歩いて羽田神社や空港やクロノゲートを見に行ったんですよね。2年前のことだけど懐かしい。

こうしていろんな道が繋がる感覚、街道歩きの楽しみのひとつですよね!

美浜通りも1kmほどで終了。さてさてここからは国道一直線。

さああとは川崎まで、ぐいぐい進みますよ!と言いつつ梅屋敷に寄り道。

ここには江戸時代、和中散の売薬所がありました。和中散というのは食あたり・暑気あたりに効く漢方薬。道中常備薬として、旅人に重宝されたそうですよ。

ちなみにこの東海道をずーーーっと歩いていくと、京都に近い石部宿と草津宿の間に和中散の発祥の地と言われる和中散本舗がありますよ! そこまで行くのはいつのことかな~。

文政年間になると、庭園に梅の木を植えて休み茶屋を開き、亀戸の梅屋敷とともに有名になったんだそうです。

その梅が、この日はかなり開いていました。全体としては5分咲きか6分咲きか、という感じでしたかね。今年はやっぱりちょっと早めですね。

さらに南下し、蒲田駅の近くの和菓子屋さん志ら井さんで、おやつ休憩。こちら、お団子もおススメだしほかのお菓子も美味しいんですけど、中でもバターまんじゅうがぱきらの一押し!ってことで、みんなでバターまんじゅうを食べました! お団子やお土産のお菓子を買う方もちらほら。

いよいよ多摩川が近づいています。六郷神社に寄り道。ここには大田区最古の狛犬という、ぶさかわいいユーモラスな顔の狛犬さんがいます。なんだか可愛くて、大盛り上がりでした!

ここには旧六郷橋の木造の親柱も保存されています。

六郷橋はこれから渡る、多摩川を越える橋。江戸時代最初に架けた橋が1688年の洪水により流されてしまって以来、長らく橋は架けられず、東海道の旅人は多摩川を渡し舟で渡っていました。
その後明治7年に名主さんが200年ぶりに木橋を架橋。それからも何度か流されては架けり直しがあって、大正14年に鉄筋コンクリートの橋が開通したとのこと。この橋も交通量の増加と車の重量化には耐えられず、現在の六郷橋は昭和60年に架けられたものです。

六郷神社に保存されているのは木橋の時の親柱で、このあとで寄る六郷土手の公園に、大正14年の鉄筋コンクリート橋の親柱とアーチが移築されています。

六郷神社に保存されている木造六郷橋の親柱

六郷土手に移築された大正14年の橋の親柱

六郷神社を出るともう多摩川まではあと500mちょっととなりますが、ここでまた道はちょっとの間だけ旧道になります。国道と家1軒分くらいしか離れていないのですが、古い建物の並ぶ静かな道筋です。が……!

旧東海道跡って……跡って……旧東海道で良くない??

そして東京都脱出直前! 最後に六郷土手の公園(先ほどの写真の、旧六郷橋の親柱が移築されています)と、北野天神に寄って……

ついに東京都脱出!

神奈川県に入りまーす!

徒歩でとなりの県まで行きました!
もうすぐ京都に着いちゃうじゃない??

なんてはしゃぎながら、川を渡ればすぐに東海道2つ目の宿場・川崎宿。

本陣跡などの解説を見つつ、川崎稲荷神社に寄ったり和菓子屋さんでお買い物したりして、4時近く、かわさき宿交流館へ。ここでは爆笑コスプレ大会……だけじゃなくて、ちゃんと川崎宿のお勉強もしました……よね?

そして4時半ごろ、川崎駅への曲がり角、砂子交差点で本日の東海道歩きを終了しました!

今回も楽しい東海道さんぽとなりました! ご参加くださった皆さま、ありがとうございました!

皆さんのツイートを一部引用させていただきましたが(ありがとうございます!載せきれなかった皆さますみません)、全部で376ツイートという超大作をまとめてありますので、ご覧くださーい♪

ちゃらぽこ街道さんぽ「東海道を歩く」その2【品川宿~川崎宿)

それでは最後に、まるにのさんの3D再生とあゆこさんの動画で散歩会を振り返ります(^^)/

次回、第3回ちゃらぽこ東海道さんぽ、川崎宿~神奈川宿編は、3月29日日曜日。ビール工場見学もあります。詳細お知らせと参加受付は2月末か3月初め頃になるかと思います。

これからの開催日程は下のリンク先をご参照ください。

次回もたくさんの方のご参加お待ちしております!